鬼が囁く、言葉の怨念

鬼が囁く、言葉の怨念

憶えてるぜ 忘れないぜ 恨んでるぜ
(お前の事だ…)
― 聖飢魔Ⅱ『鬼』より

恐ろしい言葉が連なります。
鬼という存在に潜む、おどろおどろしい怨念そのものがにじみ出ているかのようです。

「こんな言葉から何を得られるのか?」と思う人もいるでしょう。
けれど聖飢魔Ⅱの歌詞は、ただ怖がらせるためだけのものではありません。
むしろ、逆説的に読むことで人間の弱さや成長のヒントが見えてきます。

私がこの言葉から受け取ったものは――
人はどんなに小さな出来事でも、深い恨みや辛みを抱えてしまう という事実です。

何気ない「いじり」の一言。
良かれと思った助言でも、実際は嫌味として突き刺さる言葉。
そんなものほど、年月を経ても心に残り続ける。

思い返してみれば、誰にでもあるはずです。
「忘れたつもり」の言葉に、ふとした瞬間に苛まれること。
そして「あいつは悪いやつだ」と心の奥で壁を築いてしまった経験が。

けれど――そうした闇を完全に消すことはできません。
ならばいっそ、闇ごと受け入れていくしかない。
成長の中には、光だけではなく「闇を抱く」という経験も必要なのだと気づかされます。

さらにもうひとつ。
自分が相手に放つ言葉も、同じように残っていく ということ。
軽口のつもりが、相手にとっては一生抜けない棘になる。
体型や見た目、精神面や考え方を否定するような言葉は、特に深く突き刺さる。
自分自身も同じ場所を突かれると忘れられないのだから。

厄介なのは、その痛みが表に出ないことです。
怒りや涙にならず、ただ静かに内側で広がっていく。
そして気づかぬうちに「誰かを苦しめる存在」になってしまうことさえある。

だからこそ思い出します。
「自分がされてイヤなことは、他人にはするな」――子どもの頃に教えられた、当たり前すぎるほどの言葉を。
けれど、その当たり前を守ることこそが難しい。

どうせなら、相手の心に光を残す言葉を選びたい。
嫌味や棘のある言葉が浮かんだ時は、一度飲み込む勇気を持ちたい。

お前のその言葉、
一生覚えてるからな。
表には出さないが、闇の中で恨み続けてやる――。

Let words be the wind. And the Ark sail.

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