レッテル越しの景色じゃ、本当の姿は見えない
何かを悪いと云うのは とても難しい
僕には簡単じゃないことだよ
一つ一つこの手で 触れて確かめたいんだ
―東京事変『透明人間』より
またまた登場の東京事変です(笑)
椎名林檎さんの哲学には、成長のヒントがたっぷり詰まっていて、読んでいるだけで心が刺激されます。
彼女の「ロック精神」、本当に尊敬します。
この言葉を胸に刻んでからは、「悪い」と決めつける前に、自分の手で確かめていこう。
そんな姿勢が、少しずつ身につくようになりました。
多くの人が経験していると思いますが、新しい職場で少し打ち解けてきた頃、こんな一言を耳にすることがあります。
「…あの人、変な人だからあんまり関わらない方が良いよ」
その人なりの優しさなのだとは、分かっています。
けれど、そう言われたからといって、誰かの感じた「変」をそのまま自分の中に受け入れるわけにはいきません。
レッテル越しにしか見えない景色では、見落としてしまうものも多いからです。
実際、以前こんなことがありました。
「あの子、ダメだわ。あんまり会話もないし」
別の班の同僚が、まだ新人の子について言っていました。
陰口とも受け取れるその言葉。
でも、情報共有としての側面もあると感じました。
とはいえ——「ダメ」かどうかは、自分で確かめるべきこと。
だから、私はその子に積極的に話しかけてみました。
すると、共通の好きな食べ物の話で盛り上がったり、趣味の話もできたりと、予想以上に会話が弾んだのです。
仕事についても、「遅い」と言われていた理由は単に“慎重で丁寧”なだけ。
その様子が「のらりくらり」と映り、同僚が声をかけるのを減らしていたように見えました。
結果、「会話がない」という評価が生まれていたのです。
他人が貼ったレッテルなんて、無視していい。
本当に大事なのは、自分の目と心で感じたこと。
この経験は、そんな当たり前だけど忘れがちなことを、強く思い出させてくれました。
貴方は、自分が貼った「変な人」のレッテルを、他人に見せびらかしていませんか?
あるいは、誰かが貼ったそのレッテルに、無意識のうちに踊らされていませんか?
…人の評価だけで判断してると、魂ごと他人に預けてるようなもんだぜ?
誰かの「ダメ」を鵜呑みにせず、自分の中に「その人の良さ」を探す目を持てたら、
職場は、そして人との関わりは、きっと明るくなる。
何だそのレッテルは?
我が新しいレッテルを上から貼り付けてやろう。
どうだ!美しくなっただろ?
Let words be the wind. And the Ark sail.
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